出演アーティスト
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1989年、「発見の会」演劇公演の音楽(劇伴)を担当したダンドリスト(バンドマスター)不破大輔を中心に、渋さ知らズは吉祥寺でその産声をあげた。
ジャズ、ロック、ラテン、ポップス、フォークに、果ては演歌までが混在する脱ジャンルの音楽性に、舞踏、美術、映像、DANCE、照明、音響までもが渾然一体となったそのステージは痛快な娯楽にして前衛。体験型エンタテインメントであり同時に偉大なアンダーグラウンドのサブカル集団。1998年、ユーロ渋さ発動。4度のヨーロッパツアーを行い、前衛音楽祭として世界的に著名なドイツのメールス・ジャズ祭に連続して呼ばれ、2000年の公演ではメインステージのトリを務め、巨大サーカステントが満員御礼の札止めとなる大盛況を得る。その一週間後には、ニューヨーク在住ミュージシャンの間では噂でもちきりだったという逸話がある。2002年には英国・グラストンベリー・フェスティバルのメインステージにも招かれた。そして2005年のヨーロッパツアーは約5ヶ月にも及び、東欧・西欧29ケ所45公演を含む怒濤の旅となった。
国内でも2001年にフジロックに初登場以来、4年連続の出演。2004年にはライジングサンにも出演、2006年に国内で最大級のJazz Festival、東京Jazzに招かれた。そのバックステージでは、海外からの錚々たるジャズミュージシャン達がモニターを通して渋さのライヴに「this
is Jazz!」と口々に拍手をおくっていたという。
常に聴衆を引きずり込む圧倒的なパフォーマンスで音楽ファンだけでなく、演劇や舞踏、DANCE、美術ファンまで、多種多様な人々を魅了しつづけてきた日本が世界に誇るカテゴリー不可な音楽集団。トータルアングラ舞台パフォーマンス、渋さ知らズ。 |
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シンガーソングライター
東京都出身。1995年シングル「結婚相談所」で突然デビュー。同年発表アルバム「セシルのブルース」はジャズ、ジンタ、歌謡曲などの影響と少女的感性が結びついた“古くて新しい”音楽として注目をあつめる。
その後、作品毎に意匠を変化させながらも“スウィングする日本語の唄”を軸に、数多くの冒険的、圧倒的な作品を発表。独自のコンボ・サウンドとともに立上がる唯一無二の世界が数多くの音楽リスナー達を魅了しつづけている。
現在までに、オリジナルアルバム7枚、シングル15枚、ミニアルバム1枚、ライブアルバム1枚、ベストアルバム2枚を発表。1999年、自らイラスト・アニメーションも手がけた『ふうせん』をNHK「みんなのうた」に提供。2003年『はつ恋』が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映。
イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI'S PAPERBACK』(2005)などもある。 |
曽我部恵一(vo,gt), 上野智文(gt,vo),大塚謙一郎(b,cho),
オータコージ(dr,cho)による、終らない青春を体現する日本屈指のロックンロールバンド。通称ソカバン。
ディスコの煌めきとソウルのメロウネスを携えて、青春のすべてを無骨なまでにロックンロールで体現する唯一無二の存在。
結成4年目にして初のスタジオファーストアルバム『キラキラ!』を08年4月にリリース。セカンドアルバム『ハピネス!』は09年6月リリース。
最新作はLIVEアルバム『ビレバンのソカバン』 |
渡邊琢磨を中心とした可変的ユニット「COMBOPIANO」として始動後、キップ・ハンラハン、ブランドン・ロス、ジョナス・メカス、デビッド・シルヴィアン、ジョン・マッケンタイアらとの共演等、国内はもとより、海外でもその音楽性は高く評価されてきた。
08年より、アルタード・ステイツやUA、くるりのサポートでもお馴染みの内橋和久(g)、そしてPARA、ウリチパン郡等の千住宗臣(ds)とともにバンドとして再始動後、精力的にハードコアなライブを各地でこなし、09年にはフジロックなどへの出演を果たす。
今回は渡邊琢磨×千住宗臣という変則的且つ刺激的な編成で臨む。 |
Takuma Watanabe aka COMBOPIANO
Myspace |
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世界で一番楽しい時間を!
世界で一番カッコいい瞬間を!
世界で一番胸が熱くなる瞬間を!
そんな音楽とともに!日本には8ottoがいる。
圧倒的なグルーブ感、ドラムボーカル・4ピースという個性的な編成から繰り出される圧巻のライブ・パフォーマンスでシーンの話題をさらっているウワサのバンド、その名も8と書いてオットー。
前身バンドを経て2004年8月に現メンバーにて命名され関西を中心に活動開始。04年11月、渡米中のNEW
YORKにてヨシオカ・トシカズ(The Strokes, Q-Tip, Fat Joe他)と運命的な出会いを果たし、彼の全面プロデュースによる06年7月、デビュー・アルバム「we
do viberation」をリリース。その独創的な楽曲とサウンド・スタイルとともにシーンに登場する。
07年は2年連続となったサマソニ出演。RISING SUN出演も果たすなど、夏フェス会場でも抜群の注目を集めるなか、メジャー・デビューとなる2作目の「Real」を10月07年にリリースし、そのままバンドが最も輝き燃えるライヴを引っさげて全国ツアーに突入。その年のCOUNTDOWN
JAPANまで精力的に活動を続けた。08年7月に初のシングル「Bomb」をミュージックダウンロードカード付きというハイブリットスタイルでリリース。これは8月7,8日に開催した自主フェス"080808"のライブ音源を最速でユーザーにデリバリーするという、史上初の試みになった。そして9月にはバンドの成長を提示したサードアルバム「HYPER,HYP8R,HYPER」を発売し全国ツアー“LIVE
TOUR 2008”を実施。また同年10月にはTacteel,Morgan Geist,80KIDZなど国内外のRemixアルバム「Catch
an another fire」をリリース。年末にかけては数々のバンドとのタイバンやカウントダウンイベントに登場するなど精力的な活動を展開した。
2009年前半は初の映像作品となるLIVE CD+DVD「Hellow! we are 8otto!」を携えて日本全国47ヶ所巡り"Come
to see me anywhere Tour"を長期展開。とにかく数多くのライブの現場で己の存在理由を提示し、スピリットをオーディエンスと共有していく事となる。
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99年、谷村じゅげむ(Vo,G)、安里アンリ(Vo,G)を中心
に邪馬台国(奈良)で活動開始。
01年に三宅メグル(Dr)がライブ中に乱入し、そのまま加入。
02年に自主制作アルバムを全国発売し活動の場を東京及び全国に広げる。
勢力的な活動を行い05 年キャプテントリップレコードから1st album『ブッダ マスク
エクスペリエンス』リリース。
あふりらんぽ、オシリペンペンズなどとともに” 関西ゼロ世 代” などと評され、
同年FUJI ROCK FESTIVAL'05のROOKIE A GO GO ステージに 出演。
初のアメリカツアーも行う。翌年にはふたたびアメリカツアー敢行。
08年2nd album『ブッダ マスク レボリューショ ン』をキャプテントリップレコードからリリース。
秋にはフリーチベットチャリティーイベントを主催。
09年5月に曽我部恵一氏主宰のROSE RECORDSよりmini album『ZOMBIE
FROM EARTH』をリリース。
9月5日には同じくROSE RECORDSからプロデューサーに池永 正二(あらかじめ決められた恋人たちへ)を迎え制作された
3rd album『WE ARE THE WORLD!!!』を発売。 |
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ストレートなロックの初期衝動!!!
変態度数100%でブチ切れパフォーマンスを炸裂させる異端児バンド。
【2007年】
06月 バンド結成
11月 1st ALBUM「百花繚乱」リリース
【2008年】
02月 狐火道中ツアーファイナルワンマン@浅草KURAWOOD
07月 2nd ALBUM「CHAOTIC MONSTER」 リリース
10月 MONSTER A GO-GO!ツアーファイナル下北沢CLUB251
11月 追加公演・ワンマン大阪AtlantiQs
【2009年】
01月 毎月開催のFOX LOCO PHANTOM presents「感情X線」をスタート
05月 MINI ALBUM「PUBLIC EYE」リリース
07月 GENERIC EYEツアーファイナルワンマン@新代田FEVER
08月 代官山UNITにてFOX LOCO PHANTOM presents「感情X線スペシャル」開催
11月 1st FULL ALBUM「ギムギムの森」リリース
汚れちまった悲しみを、 疾走する轟音ビートで塗りつぶすFOX LOCO PHANTOM。
中毒性のある歌メロと、ロックの夢とロマンを滑稽なほど詰め込んだ、
捨て身のライヴパフォーマンスがクセになる。 |
FOX LOCO PHANTOM -official website- |
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2000年
3月。MY WAY MY LOVEという新たなプロジェクトがYukio Murataを中心に始まった。
そのライブパフォーマンスは異常なまでの高い評価を受け、セルフプロデュースで制作された音源とあわせて、日本国内だけに留まらず世界各地への侵略が始まった。
2004年
USAでのレーベル契約を交わし、最初の全米ツアーを行う。
この事がUSA大手インディーズレーベルの目にとまった事で新たな反響をうみ、アメリカ最大のダウンロードサイト[better
Propaganda]の全カテゴリーDownload Rankingで日本のバンドとしては初となる1位を5週連続で勝ち取る。
鳴り止む事のない大きな称賛を受け、すぐさま50本にも及ぶ2度目の全米ツアーを行い、USAインディーズシーンの中で
揺らぐ事のない大きな地位を勝ち得るまでとなる。
2005年
衝撃はUSAからEUROPEに広がり、初のEUROPE TOURを行う。
2006年
EUROPEで新しい音源を発表。USA最大の音楽見本市SXSW2006へも出演する事となる。
この頃日本でも急速に待望の声は高まり、8月に日本では初となる音源 ”Nothing is difficult
to those who have the will” を発表。
邦楽・洋楽といった既存の小さな枠には収まりきらない世界基準の音楽性と、観るもの全てを引きずり込む圧倒的なパフォーマンスで、一気に日本のライブハウスシーンでも注目を集める。
2007年
日本で待望の1st Full Album ”JOY” を発表。JAPAN TOURでも成功を収める。
この勢いはUKにも飛び火し、11月にはUKでVynal (Single)とFull Album
”タイトル” をリリース。そして2度のUK TOURを行う。
UKではロッククラブのDJからの評価が『平均で9ポイント以上』という圧倒的な支持を集める。
更にはNMEやKERRANGといったUK音楽誌でも高い評価を受け、「MY WAY MY LOVEは我々に日本のロックシーンの新たな扉を開けてくれた」とまで言わしめる。
この年、自主企画 “HEROIN” を初開催。(vs Qomolangma Tomato, HIGH
VOLTAGE)
2008年
2月。 “HEROIN 02”を開催。(vs GREAT ADVENTURE, spanam)
4月。2nd Full Album ”a HOLY LAND INVADER” を発表。
JAPAN TOURのファイナル公演となる会場名ではチケットがSOLD OUT。
すぐさま自主企画 “HEROIN” を6ヶ月連続で開催。同じくチケットはSOLD OUTを連発。
(03 vs HAWAIIAN 6 , 04 vs DOLCE, the band apart,
05 vs GHEEE, 06 vs BRAHMAN, 07 vs WRENCH, 08 vs
NATSUMEN, te')
さらにその合間を縫って、レーベルメイト達と共に “Maximum Volume Tour” で再度、全国を駆け巡る。代官山UNITで迎えたそのファイナルでは、多数のオーディエンス・メディアが注目する中、淡々とした日本の音楽市場に新たな可能性を感じさせた。
2009年
3枚目となるFull Album “I’ll Cure You With Electricity”
を発表。
“I’ll Cure You With Electricity,Japan tour”と銘打ち、約25本の全国ツアーを敢行。
10月、今や内外問わず話題急浮上中の自主企画 "HEROIN 09" を千葉LIVE
SPOT LOOKで開催し、チケットが即完する。(vs dustbox, SUNS OWL)
11月には、伝説とされる代官山UNITでのツアーファイナルをDVD化。
11月末からは、全国5大都市でレーベルメイト達と共に “Maximum Volume Tour
09” を敢行。 2010年
1月。“HEROIN” を5週連続で開催予定。 |
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..::my way my love::.. |
http://www.mywaymylove.com/ |
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